chapter2

太一が光子郎を連れてやってきたのは、東京湾に面したグラウンドだった。
冬の冷たい風が潮の香りを運んでくる。
5、6人の小学生低学年ぐらいの子供たちが、夕闇の中ボールを追っている。
ベンチの上には学生カバンとランドセル。
その隣で光子郎が独りでぽつんと座って、温かい飲み物を買いに行った太一を待っていた。

光子郎は頬が熱くなっていくのを感じていた。

ここは、あの夏の冒険の後、光子郎がサッカークラブのイレブンとして初めてゴールを決めた場所であった。



「太一さん!」
光子郎は自分の前にこぼれたボールをキャプテンの太一にパスした。
無事太一にパスがつながると、光子郎は自分のポジションに戻ろうとした。
光子郎は思慮深さと堅実さを買われ、守備を任されていて、あまり攻撃に参加するタイプではなかったのだ。
その時、太一が光子郎にゴールマウスを指差した。 前に上がれという指示だった。
光子郎は太一に導かれるままに、目の前にできたスペースに走りこんだ。
敵は光子郎の攻撃参加にまったく気がついていない。
出場メンバーの中で一番背が小さかった光子郎は、敵の視界に入りにくいのだ。
「それ、光子郎!」
ゴールの10Mぐらい前まで走りこんだとき、太一が光子郎目の前にふわっとしたボールを渡す。
(・・・太一さんがくれたパス・・・、絶対に決めなきゃ・・・・・!)
「行っけぇ〜〜〜〜!!!」(←劇場版風に(笑))
光子郎は無我夢中でボールを蹴った。
ボールはゴールキーパーの手をかすめて、一直線にゴールネットに突き刺さった。
次の瞬間、光子郎は太一や空をはじめ、チームメートにもみくちゃにされていた。
「光子郎!!よくやった!!!」
「うわ・・・・・!」
どさくさにまぎれて、太一が光子郎の頬にキスをした。
「た・たたたた太一さん///////!!?」
光子郎は衝撃的なことが2つも同時に起こったものだから、頭の中が真っ白になる。
真っ赤な顔して太一を見ると、親指を立てて「へっへ〜!」と笑っている。
本気なのか冗談なのかわからなかったが、光子郎はそれまで以上に太一を意識するようになった。

その試合以後光子郎は、監に太一が直訴したこともあって、
攻撃的な(太一の近くの)ポジションで起用されるようになった。




「ほらよ、光子郎。」
しばらくの間思い出に浸っていた光子郎は、太一の声で現実に引き戻された。
光子郎に温かいコーヒーの缶を渡して、太一は隣に腰をかける。
「ひえええ、寒い!」
太一は寒さに震えながら、缶を開け、一気に飲み干そうとすると、
「おわぁっちぃ〜〜〜〜!!!」
想像よりも熱かった中身に火傷して、舌を出してハアハアと速い呼吸を繰り返す。
「・・・・・・。ぷっ・・・!ク・ククク・・・!!」
隣で見ていた光子郎は、笑いが込上げてくるのをプルプル震えながら我慢していたが、ついに吹き出してしまった。
「笑うなよ!光子郎!!」
太一が光子郎をデコピンする。
「だって、・・・ぷぷぷ・・、太一さんって・・・・。」
「オレが何だよ?」
身体をぴくぴく震わせて苦しそうに笑う光子郎の顔を、不機嫌そうに覗き込む。
「・・・いや・・・ハハハ、やっぱりいいです・・・・クックック・・・!」
「何だよそれ、気になるじゃねーか。」
「太一さんが何で僕をここに連れてきたのか先に教えてくれたら、言いますよ。」
光子郎の言葉に、太一の表情に心なしか緊張の色がのぞく。
持ち前の勇敢さで数々の苦境を乗り越えてきた太一だったが、さすがにこれから言うことを思うと、心に圧迫感を覚える。

(何怖気づいてんだ・・・! こんなんじゃオレの勇気の紋章にあきれられちまう!!)

太一はぐっと拳を握り締めて自分を勇気付け、口を開く。
「光子郎、ここ、何があった場所か覚えてるか?」
「ええ、ボクが太一さんのアシストで初ゴールを決めたグラウンドですが・・・。」
光子郎の口調は淡々としている。 それは、太一に心の中を悟られないようにするためであった。
それがかえって太一に言い知れぬ重圧を与える。
「信じらんないかもしんないけど、あん時お前を呼んで、アシストしたのは・・・」
光子郎は息をのんで、太一の顔を見る。
さっきから感じていた胸騒ぎが、最高潮に達している。
太一の声が震える。
「・・・・ずっと、光子郎が・・・・好きだったからなんだ・・・」
光子郎の頭の中があの時以上に真っ白になった。
(太一さん・・・・・・・!?)
「・・・あん時お前にキスしたんだって、・・本気だった・・・・」
そう言うと、太一は下を向いて黙り込んだ。

子供たちのボールを蹴る音が響いている。



気がつくと、いつも光子郎のことを考えていた。
最初は特に意識していたわけでもなかったのに、いつの間にか、光子郎の隣がオレのポジションになっていた。
上手く言えないんだけど、光子郎といると安心するというか、落ち着くというか・・・。
それだけならまだ良いんだけど、
ふとした瞬間に、滅多に表情を変えない光子郎の笑った顔とか、怒った顔見ると、カワイイって思っちまうんだ。
おかしいよな、男同士なのに・・・。
そう思っちまってからはからっきしダメだった。
どんどん光子郎のことが好きになって、どうしようもなくなった。
でも、こんな気持ちを光子郎に押し付けたら、メーワクかもしれないだろ。
だから、一度だけキスして、それで吹っ切ろうと思ってたんだ。

それなのに・・・、オレの中の気持ちはますます大きくなるばっかりで・・・・・。




「・・・太一さん、・・・・・太一さんがボクのこと、そんな風に思ってくれていたなんて・・・、すごく・・嬉しいです・・・・・!」

拒絶されるのを覚悟して沈み込んでいた太一は、自分の耳を疑った。
「ボクもずっと、太一さんに憧れていたから・・・・・・///////。」
光子郎が発した言葉が、心に直に響く。
太一の胸に、得体の知れない熱いものが込上げてきた。
「こーしろー・・・」
ベンチの上に置かれた、太一と光子郎の手が段々と近づいて重なる。

「だから・・・その、ボクも太一さんが・・・・す・好・・・////////////。」

「こ・光子郎!!!?」
体温の上がりすぎで、ゆでだこのようになってしまった光子郎は、最後まで言わずにフリーズしてしまった。
冬の寒気が手伝って、身体から湯気が上がって見えるのがなんともユーモラスだ。
それは、今まで太一が見たどの光子郎よりも可愛かった。
思わず太一は頬を緩め、笑い声をもらす。
「ヘヘ、そうだったんだ。 なんか、悩んでソンしたな〜。」
腕を頭の後ろで組む太一の笑顔は、どこか意味ありげで、光子郎はそわそわする。
太一はさっきの光子郎と京と伊織のやり取りを思い出して、ニヤニヤしているのである。
「・・・・・・、何かついてます?」
じろじろ見られてニヤニヤされ、気にならないわけはなく、光子郎はおそるおそる聞いた。
「いや、別に。 ヘヘヘ。」
「やっぱり何かあるんでしょう! 言って下さい///////!
 何だか分からずにそのままになるのが、一番気持ち悪いんですから!」
真っ赤な顔でふくれる姿も、とても可愛く見えて、太一はもっとイジワルしたい気分になる。
「光子郎だって、まだ笑ってた理由言ってないだろ? これでおあいこだ!」
「分かりました。 言えばいいんでしょう?」
「オウ。」
光子郎はフゥっとため息をついた。
「でも言うと太一さん、絶対怒りますからねえ・・・。」
「怒んないって!言ってみ?」
「さっき太一さんが缶コーヒーで火傷して、舌を冷やしてた様子が、・・・その・・・・・、
 すごくみたいだったから、つい・・・・。」
「ホーウ、・・・言うようになったじゃねーか・・・。」
怒らないといったはずの太一は、額に青筋を浮かべてぴくぴくとしている。
「・・・やっぱり怒った・・・・・・。」
「こぉしろぉ〜、こんにゃろ!こうしてやる!!」
太一は光子郎の身体を捕らえると、その頭をぐりぐりし始めた。
「わっ、やめてください、太一さん!」
「へへ〜、ダメだ!オレのどこが犬だって!?」
今度は光子郎の柔らかい頬を、ムニュ〜っと両手で弄ぶ。
「ひょ、ひょうやっれふぐひゃれははっれふるほほほほは(そ、そうやってすぐじゃれかかってくるところとか)・・・・!」
「ん?何いってるか分かんねーよ。ヘヘへ〜。うりうり。」
太一は怒っているというより、楽しんでいるように見える。
「もう、太一さんこそ何をニヤニヤしてたんですか!?」
やっとのことで太一の腕を抜け出した光子郎は、耳まで真っ赤にして肩で息をしている。
憧れに人にいきなりじゃれ付かれて、心が乱されているのが一目でわかる。
「ああ、実は、さっき下校中に光子郎がいたから驚かそうとしてこっそり後をつけてたらな、
 光子郎と光子郎の後輩達の話が聞こえてさ、」
光子郎はものすごく嫌な予感がした。
まだ話を聞いたわけでもないのに、身体中の温度が急上昇してくる。
「そ・それ以上言わなくていいですっ/////////!!」
光子郎は太一の前で両方の手のひらを振る。
「んだよ。これからいいところだったのにさ。 ま、とりあえず、かわいい奴だ、って思ったってことだ。」
「か・かわいい・・・ですか・・・・・//////?」
およそ男子には不適当な褒め言葉を言われて、光子郎からまたしても湯気が出始める。
「ああ、文句あるか?」
「/////////・・・別に嫌ではないです。」
恥じらいのある声でうつむき加減に応える光子郎は、太一の心をこの上なく揺さぶる。
「さ、帰るか。」
限界に近づいた太一は、急にベンチを立った。
「え!? もうですか?」
「ああ、もう真っ暗だし、お前の親も心配するだろ?」
(これ以上いたら、止められなくなりそうだからな。)
光子郎は名残惜しそうに、太一の顔を上目づかいに見上げる。
(頼むからそんな顔するなよ・・・、オレ、もうそろそろツライのに・・・。)
「ほら、行くぞ。」
太一は光子郎の前に手を出した。
それを見た光子郎は、ぎこちなく立ち上がってランドセルを背負うと、ドキドキしながら太一の手に触れた。



帰り道。
街灯の下には、手をつないでひとつになった二人の影。
「なあ、光子郎、どうしてオレん家に遊びに来なくなったんだ?」
「・・・だって、太一さん部活で疲れてるだろうし、・・・・それに、何か意識してしまって・・・//////。」
光子郎は頬をピンクに染めた。
「何だ、別にオレがいるときならいつでも来てよかったのにさ。 オレが光子郎ん家に行ってもよかったんだけどさ、
 中学生が小学生ん家でお邪魔になるってのも、何かカッコ悪いだろ?」
「・・・・・・お互い意識して遠ざかってしまってたんですね。」
「でも、今はもうコイビト同士だ。」
「そ・そうですね//////。」
太一は満足そうに、光子郎は少しはにかんで、それぞれ笑顔になった。

そのうち、分かれ道に差し掛かった。
今日はこれでお別れかと思うと、光子郎は思わずつなぐ手に力が入ってしまう。
「どうした、光子郎?」
何か言いたいことでもあるのかと思って太一が光子郎の顔をのぞくと、
「あ、なな何でもないです////////!!!」
光子郎は過剰なほど驚いて、慌ててもう片方の手を振る。
それはまったく逆効果で、太一は光子郎の胸の内を悟ってしまった。
(ククク、かわい〜vv)
「じゃ・じゃあ、これで。ボクのマンションこっちなので・・・。」
穴があったら入りたい気分の光子郎は、太一に顔を見られないように足早にその場を離れようとした。
「待てよ、光子郎。」

太一に肩をつかまれて振り向いた瞬間、額にキスされていた。

光子郎の額と、太一の口の位置が二人の背の高さから、ちょうど重なる位置にある。
「太一さん/////////!!!」
光子郎は、身体中の血が沸騰してしまいそうな心地がする。
太一はいたずらっぽく笑っている。
「へっへ〜vv。また明日な!」
「また明日///////?」
「ああ、明日オレん家に遊びに来いよ。」
「は、はい! ぜひ遊びに行かせていただきます!」
光子郎は思わず声を弾ませた。
「オウ! んじゃ、また明日なvv」
「はい。また明日///////。」

太一はもう一回光子郎にでこチュゥをすると、
まるでスキップするかのような軽やかな足取りで帰宅の途についた。

一方の光子郎はというと、

太一さんが・・・・、太一さんが・・・・////////
太一さんが・・・キス・・・・///////

小さな声でなにやら呟きながら、熱に浮かされたようなおぼつかない足取りで、フラフラと帰っていった。


<あとがき>
初めて挑戦した太光小説でございます。
何かどんどんバカップルっぽくなってしまい、書いてる本人が引いてしまいました。
光子郎にキスするためにわざわざアシストした太一と
無意識のうちに誘っている光子郎はんが今回のポイントです。

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