スクール 〜ナンパ×宴会×大失敗〜


命からがら(?)"Mito’s"に帰ってくると、ゴンもミトさんもいなかった。
ズシを探しに行ったっきり、帰っていないようだ。
そんなことも知らずにズシは、店の奥に入って、
居間や寝室、バスルームに至るまでゴンの家中を探し回る。
そしてどこにもいないのが分かると、自分のカバンの中から携帯電話を取り出して、
ゴンの携帯の番号をプッシュした。
しかし、ゴンにはつながらないおまけに、ズシの近くで着信音が鳴る始末だった。
慌ててズシを追いかけていったので、持っていくのを忘れたのだろう。
(もう、早くしないと先生たちが来ちゃうっスよ!! 何してるんスか!!)
アルバイトがバレるかもしれないと、プレッシャーに押し潰されそうなズシは
情緒不安定になって逆ギレしそうになっている。

「おばあさん、ゴンさんたちどこに行ったか知らないっスか?」
厨房で独り小皿料理の下ごしらえをしていたゴンのおばあちゃんを手伝いながら
いなくなった二人のことを聞いてみる。
「ああ、ゴンとミトなら、逃げ出したお前さんを追いかけて、どこかに行ってしまったよ。」
「え・・・・? それじゃあ自分がもう帰ってきたことも知らないっスね・・・・。
 ゴンさん携帯忘れて行っちゃうし・・・。 うわ〜、もう、どうしたらいいんスか!!」
「男の子があんまり騒ぎ立てるものじゃないよ。」
「今は女の子っスよ!!! ほら、メイド服着てるっス!!」
怒りと不安でもはや脳が正常に機能していないズシは、びろびろとメイド服のスカートの裾を広げて見せる。
「冥土服・・・・、早まっちゃいかんよ!!」
「何のことっスか!!これは冥土服じゃなくてメイド服っス!」
「ほれ、やっぱり冥土服!
 何を嘆いているのか知らんが、そんなに簡単に自分の命を投げ出すものじゃないよ。」
おばあちゃんは「メイド」が「家政婦」のことだと知らないので会話が成り立たない。
「だから、何でそうなるっスか!?・・・・・・・・・」



「ズシ、いないね・・・・・。」
「どうしようかしら・・・。 もうそろそろ用意はじめないと先生達がいらっしゃるし、
 だからといって、警察に届けたんじゃ学校に連絡がいって大変なことになるわ・・・・。」

少し考えてからゴンが言った。
「ミトさん、先に帰ってて。 ズシを見つけるいい方法思いついたから。」
「あらそう? それじゃあ、頼んだわ。」



店の勝手口のウインドチャイムが鳴って、ミトさんが帰ってきた。
「お母さん、結局ズシくん見つからなかったわ・・・、あら? いつのまに帰ってたの? よかったわ・・・」

厨房に、疲れ果てた様子でおばあさんを手伝っているメイド服のズシを見つけて、
ミトさんは安堵の表情を浮かべた。

「ゴメンなさいっス・・・、気が動転してたからついあんなことを・・・。」
「いいのよ。こんな格好で恥ずかしくないわけがないもの。
 それより、何もなかったみたいで安心したわ・・・。」
ズシは思わずミトさんから視線をそらした。
本当は、ヒソカに目を付けられてしまうという悲劇が起こったのだが、
余計な心配を掛けたくなくて、ズシは黙っていた。

「ゴンに戻ってくるように電話しなきゃ。」
「あ、ゴンさんはケータイ忘れて行ったみたいっス。」
「あら、・・・それならうちの伝書バトに頼むから大丈夫よ。
 ゴンが拾って飼いならしたのが一匹庭の巣箱にいるのよね。」
「大丈夫っスか?」
「もちろん。ゴンがどこにいてもすぐに見つけてくるわ。」
「・・・すごいっス!」
動物に好かれるのは優秀なハンターの資質だ、と聞かされているので、
ズシはあらためてゴンを見直した。

「これ、ゴンに届けてきて。お願い。」
ミトさんがハトにメモをくわえさせると、ハトは「ぽっぽ!」と返事をして飛び立っていった。

「そうそう、忘れるところだった。」
庭から戻ってきたミトさんは、ズシに大き目の手ぬぐいを渡した。
「何スか、これ?」
「それを頭巾みたいに頭に深くかぶって欲しいの。」
「こんな感じっスか?」
「ん〜、もうちょっと深く、・・・そうね、まゆ毛が隠れるぐらいに。」
ミトさんは手ぬぐいの位置を調節して、ズシだとはばれないようにまゆ毛を隠した。
「さあ、これであなただって分からないわよ。」
「オス!ありがとうございます!」
ズシがビシっとお礼を言うと、ミトさんは首をかしげた。
「う〜ん、その話し方じゃ、いくら女の子に変身しててもばれるわね・・・・。」
「そうっスか?」
「ねえ、ズシくん、今日だけは女の子っぽく振舞ってくれる?」
「ゲ・・・、それじゃあ完全に変態じゃないっスか//////。」
「大丈夫よ!ズシくんの声って女の子みたいだから!」
ミトさんはズシを勇気付けようと、肩を叩いてやった。
しかし、それはまったく逆効果だった。

(・・・なんか、あんまりうれしくないっス・・・・・。)

「声って言えば・・・・!」
ミトさんは急に気がついたように受話器をとってどこかに電話をかけ始めた。


「ただいま〜! ズシいつ帰ってたの? よかった〜、心配したんだよ。」
肩にハトを乗せてゴンが帰ってきた。
「‥・・・ゴメンなさい/////。」
ズシはモジモジと身体を揺らした。
「わ〜、本当に女の子みたいになっちゃったの?」
「・・・・今日だけ・・・です・・・ワ//////」
ズシは恥ずかしさで全身が燃え上がるような気分だった。
しかし、その恥じらいのおかげで、今のズシはどんな女の子よりも女の子らしく見える。
「あ、そうだ。ねえズシ、聞いてよ!さっきズシを探してもらおうと思ってクラピカの家に行ったらさあ、
 レオリオが女の人の格好させられて、鎖で吊るされてたんだよ!オレ、ビックリしちゃったよ!!」
「な・何で今そんなことを・・・・?」
「だって、ズシの格好見てたらつい思い出しちゃって。」
カクン、とズシは頭を垂れた。

「こら、いつまでくだらないことお喋りしてるの? 
 もうそろそろお客さんが増えてくるから、注文を取りに行きなさい!」
「は〜い、ミトさん。」
「オス!・・・・じゃなくて、ハイ・・・//////」
「それと、先生達が来たらお座敷に通してあげてね。」



そして、ぞろぞろと先生達の集団がやってきた。
ネテロ校長をはじめ、ビスケ先生やウイング先生、サトツ先生、メンチ先生、ブハラ先生、"師匠"先生、
クロロ先生、パクノダ先生、センリツ先生、そして何故先生をしているのか分からないトンパ先生など、
見るからに強烈な面々が揃っている。

「やあ、ゴン君vvお手伝いですか?」
入口をくぐるなり、ゴンを見つけたウイングさんは何だかうれしそうに話し掛けてきた。
「うん! あ、こちらのお座敷にどうぞ!」
「偉いですねv おや、隣の女の子は?」

(ギク‥・・・!)

「え・・・・? え・・・と、あ、そうそう、オレの従姉妹だよ。
 ここには来たばかりだから、まだあんまり言葉が分からないんだよ。ね?」
「え?あ・・・・ハ・ハイ・・・・(汗)。」
ズシの心臓がバクバク言って、口から飛び出してしまいそうだ。
「私はウイングといいます。突然ですが、土曜日の夜は空いて・・・・ぐふぅぅ!!!」
「こんな小さな子相手に何考えてんだわさ!!! それでもあんた教師!?」
口説きに入ろうとしたウイング先生の首に、ビスケ先生の強烈にして絶妙な手刀が炸裂し、
ウイング先生は敢え無くダウンしてしまった。
ビスケ先生は「まったく!」と舌打ちして、ウイング先生をズルズルお座敷に引き摺っていった。

(ハァ、ハァ、ハァ・・・・、心臓止まるかと思ったっス・・・・。・・・でも、ばれてないみたいっス・・・)

「お料理運ぶの手伝って。」
「ぎゃっ!」
肩で息をしているズシにゴンが背後から声をかけると、
ズシは過剰なほど驚いたので、ゴンは慌てた。
「あ、ゴ・ゴメンね・・・?オレ、何かした?」
「い・いや・・・何でもない
っス・・・じゃなくて・・・ですワ//////」

人数分のお料理をお盆に乗せてお座敷に運ぶと、ウイング先生がビスケ先生に説教されていた。
「あんたは教育者としての自覚が足りないんだわさ!
 大体その服装といい、寝癖といい、だらしなさすぎ!
 今日も正装して来るように言ってあったのに、その黒ずくめの格好は何?それじゃあお通夜だわさ!!!」
どう見てもゴンやズシと同年代にしか見えないビスケの前で、
ウイング先生が情けなくも首をうなだれて正座している図は傑作と言わざるをえなくて、
ゴンもズシも笑いをこらえるので精一杯だった。
特にズシは、ここで吹き出してしまうと事態が最悪な方向に向かいかねないので、
息を止めて必死に耐えているが酸素が足りなくなって、ズシはフラフラしてしまう。
「おやおや、体調が悪そうですね。」
おせっかいなウイング先生は、
料理を運ぶ手つきがおぼつかないズシの額に手を当てようと、手ぬぐいをずらそうとした。

バチン!!

思わずズシはウイング先生の手を力いっぱいはじいていた。
素晴らしく大きな音が鳴ってしまったので、まわりがの空気がフリーズしてしまう。

「お・おほほほほほ・・ほ・//////。 虫がいたからつい‥・・・」

先生達の視線がズシに集まる。

(ヤバイっス・・・・・、これじゃ自分まるっきり変な人っス!)

「あ・え〜と、ゴメンなさい!!じゃ!」
女装したズシに疑惑がかけられそうになっているのに気付いたゴンは、
とりあえず先生達に謝って、ズシを抱えて逃げ出した。


サトツ先生が呟いた。
「今のは一体何だったので生姜焼き・・・・」

空気の凍結がさらに進んだ。

その中で、意地悪く目を光らせる人物が一人。
(あの様子じゃ二人とも相当な秘密を持ってるに違いない・・・。
 ちょっとばかしこのネタ揺すってみるか。 ケッケッケ・・・、楽しめそうだぜ・・・)


「もう!何で急にあんなことしたのさ!」
「だって、ウイング先生が自分の手ぬぐいをずらそうとするっスから・・・・。」
「だからって引っぱたくことないじゃないか!もうちょっとでバレるところだったんだよ!?」
「面目ないっス・・・・。」
いつも優しくしてくれるゴンに叱られて、ズシはしょんぼりしてしまった。
「あ、・・・・ゴメン、ちょっと言い過ぎちゃった・・・。先生達の方はオレがやるから、
 ズシは他のお客さんの方やってくれる?」
「・・・・オス。」


「ちょっといいかしら?」
「あら、なあに?」
センリツ先生が、となりで足をずらして座っているパクノダ先生に耳打ちする。
「さっきの変わった女の子のことだけど・・・」



ちょうどいいぐらいに先生たちの酔いが回り、さっきの気まずい空気が忘れられた頃、
空になったお皿を下げて持っていこうとするゴンは、ある先生に腕をつかまれた。

「ゴン君だったかな・・・・?」
「は・はい・・・・・。」
見れば、これまであまり話したことのなかったクロロ先生だった。
「いい眼だ・・・・」
「はい?」
酔っているのか本気なのかはわからないが、クロロ先生はゴンに熱っぽい視線を送る。
「緋色の瞳の話を知っているかい・・・?」
「し・知らないよ?」
(なんか絡みにくい先生だな〜・・・。 早くお皿持っていかなきゃいけないのに・・・・)
「気をつけろよ・・・、あまり綺麗な目をしていると、いつ誰かに奪われてしまうかもしれない・・・。」
「うん・・・・・・???」
「・・・そんな美しい琥珀色の瞳をしていたら、オレでなくともいただきたくなってしまう・・・」
ゴンが対応に困っているうちに、クロロ先生の顔が近づいてくる。

そのときタイミング良く空のワインボトルが飛んできて、クロロ先生の側頭部に命中した。

『うちの子たちに手出し禁止。あしからず!!』
そんなメッセージがボトルのラベルに書いてある。

ボトルの飛んできた方向からミトさんの凄まじい殺気が発っせられていた。

「きょ・今日のところは退くが、必ずキミを奪ってみせる・・・・・・」
クロロ先生は当たった部分をなでながら、それでもクールさは失わずにそれだけ告げて腕を放した。

(ふぅ・・・・・何だったんだろ・・・・・・・?)

やっと開放されて厨房に食器を戻せると思った矢先、
今度は生徒会担当の”師匠”先生がゴンの腕をつかみ、
クラピカがいかに無茶をするかについて延々と愚痴を聞く羽目になってしまう。

(ああ、もう!何でこの先生たちは揃いも揃って・・・!)

ゴンはもはや教育者たる厳格さが欠如している先生たちにほとほと呆れ果てていた。

「・・・・それでだ、あいつが耳を貸すのはお前にだけだと言っても過言ではない。
 何とかクラピカの暴走を止めるように頼みたい。生徒会長が暴走となるとこの学校は・・・・」
「おっと、話の途中悪いな。」
「・・・トンパ?」
たいして悪いとも思ってない様子でトンパ先生が話の途中で割り込んできた。

(もう、また何か長話されるの・・・・!?)

精神的に疲れるとはこういうことを言うのかと、ゴンは生まれて初めて理解した。
「へっへっへ、そう嫌な顔しなさんなって。ホレ、お前のコレ、どこいったんだ?」
トンパ先生はニヤニヤと人差し指と小指を立てて見せた。
「何?それ。」
ゴンはそのサインの意味が全然分からない。
「とぼけるなってよ。さっきいたお前のカノジョ、どこ行ったんだ?」
急に聞かれたくないことを切り出されて心臓が止まるような思いがした。
「・・・ズ・・・じゃなかった、(ああ・・・・ズシの名前どうしよう・・・!?)
 えーと、オ・オレとア・”アンジュ”はそんなんじゃないよ/////。従兄妹だって言ったじゃんか・・・!」

「”アンジュ”って、安寿と厨子王の”アンジュ”ですか?」

ズシが女装しているとも気づかずに、謎の少女(?)にチェックを入れていたウイング先生が、
トンパ先生とゴンの話を聞きつけて身を乗り出して割り込んできた。
しかも名前を引っ張り出してきた元の昔話まで偶然とはいえ言い当てられて、ゴンは混乱した。
「ち・ち・違うよ!!本当はアンジェリーナっていうんだけど、名前が長いから・・・・・。」
「そうですか、私はてっきりズシ君のお姉さんかと・・・・。そういえば声も似てるようでしたし・・・」

(ギクッ)

「アンジェリーナ・・・と。」
ウイング先生は偽の名前だと気付かずに、手帳を取り出して名前を書き留めた。

(ああっもうっ、オレのバカバカバカバカ!!!)

ゴンは心の中で自分の頭を殴っていた。

「なあ、ウイング先生、どうせだったらそのアンジェリーナとやらを呼んできてもらおうか?」
「うん、それはいいですねvvv」
窮地に立たされたとはまさにこのことか、ゴンは神経性の腹痛を感じた。
陰険この上ないトンパ先生とちょっと変わってるけど穏かな性格のウイング先生がグルになるなんて、
とてもじゃないが信じられない光景だった。

「あ・・・ごめんなさい、アンジュはもうアルバイトが終わって帰ってるはずだから・・・・・」
「でも、ほらvvv」
ウイング先生の指差す方向に、襖からこちらを覗いている少女(?)の影。
ゴンが苦し紛れの嘘をついたとたん、
最悪と言わざるを得ない見事なタイミングでズシがお座敷の様子を不安そうに覗きに来てしまったのだった。

「ぶっっっ!!!!ズ・ズシ?何でよりによって今来るのさ!!!?」


「あっ・・・・・・・・・!」

「あっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・(汗)。」



ズシはその場に立ちすくんでしまった。

そしてゴンは口を両手で塞いだ。



〜つづく〜


<あとがき>

思ったよりも早くズシのアルバイトがばれてしまいました。
商売が商売なので、ただじゃ済まされないでしょう・・・。

”アンジュ”の由来が分からない方は『山椒太夫』by井伏鱒二か
『安寿と厨子王』の絵本を読んでみましょう。


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